「あっ、バス・・・」
私、宇佐見蓮子は、あと数メートルというところでバスを逃した。
この寂れた町のバス停には、時刻表と言うものがなかった。次にバスが来るのは何分後になるだろう。境界を見た後、一緒にここまで来たはずのメリーともいつの間にかはぐれているし・・・今日は厄日ね。
したがって、私は一人でベンチに座っている。携帯も繋がらない田舎なので、こうなるといよいよもって暇である。結局することもないので、近くで小鳥がさえずるのを聞きながら、うとうと――できなかった。いきなりベンチの後ろから肩を叩かれた。
「蓮子」
ついでに私の名前を呼ぶ。その声は柔らかなコントラルトで、すぐにメリーだとわかった。
「メリー! あなたどこいって・・・あれ? どなた?」
ばっと後ろを振り返った私。後ろに立っていたのは、メリーとよく似た雰囲気の・・・けれど、メリーよりだいぶ年上な感じの女性だった。ウェーブのかかった金髪や、おおよそ日本人らしくない白い肌、それに服装もよく似ている。
だ! が!
この宇佐見蓮子の目をだませるはずがない。毎日メリーとあんなことやこんなことをしている私になら、顔のパーツが1ミリでもずれていればすぐに偽者だと分かるのだよ。ふふふ。たとえばメリーが泊りにきた日の夜には・・・おっといかん、何を想起している蓮子。
まあ、それはともかく、だ。この人は誰なのだろう。
「私メリー。今あなたの後ろにいるの」
その人はにっこり笑って、わざとらしくそう言った。
「見りゃわかりますが」
冷たく返しておく。明らかに冗談だったし。
「あら、冷たい。それより・・・バスを逃したからといって、すぐに諦めて寝ようとするなんて・・・早計だと思いませんこと?」
気品がある口調ではある。しかし、アクセントが微妙にずれていて、どうしてもわざとらしさというか、胡散臭さを感じざるを得ない語りだった。
「此処のさびれ具合、この錆びた標識、それに今過ぎ去ったバスという事実からあなたはそうしようとしたのでしょうけれど」
女は続ける。
「早計よね。バスが来ない確証なんてないわ。もしかしたら、今すぐにでも来るかもしれないのに、ね」
私は何を言っているのかさっぱりだった。いきなり「私メリー」とか言い出す人が、また唐突に私に説教。目が回る。
「もう、なんだっていうのよ貴女・・・そんなことより、暇つぶしの相手になってくれるのはいいんだけど名前くらい名乗ったら?」
ちょっと口調がキツくなったのはご愛嬌ってことで。
「うふふ、威勢のいい子だこと。・・・あら、バスの音」
確かに、大型車両が地面を圧迫しながら進む音が聞こえてきた。・・・1台、いや、2台?
・・・そんなレベルじゃない!
「ちょ、ちょっと、なによこれ」
「バスが来た、それだけのことです・・・1台だけが来るという確証も・・・ございませんことよ?」
言っている間に、私たちの目の前をバスが何台も通って行く。道路に対して後ろを向いているので直接見ることはできないが、風圧や音をもろに感じた。
「あなたは、少々科学的に物を観過ぎる。広い視野と、お連れのほうのような主観性を持ちなさいな」
私は言葉を聞いてはいたが、このシュール極まりない状態に困惑していた。この女の言葉など、最早どうでもいい。
私は、道路のほうに向きなおった――
「え?」
バスなど1台もいなかった。代わりにいたのは、コンビニ袋を片手に、道路の反対側に立っているメリー。
「蓮子ー! ごめーん、ちょっと寄り道してたらはぐれちゃったのー!」
私はまた背後を振り返る。予想はしていたけど、もうさっきの女はいなかった。
「狐にでもつままれたんじゃないの」
私とメリーはベンチに座って、メリーが買ってきてくれた肉まんを食べている。
「んでも、髪も撒き上がるし、うるさかったし・・・」
「蓮子はずっとベンチに座ってたわよ? なんだかぼーっとしてたけどね」
「むぅ・・・」
釈然としないまま、事態は収束してしまった。結局のところ、あれはただの白昼夢だったのだろうか・・・。それとも、うとうとしていたどころか、私はもう眠っていて、それで見た夢だったのだろうか・・・。
よくわからないまま、釈然としない気持ちを食欲に変えて肉まんを頬張っているうちに、バスはやってきた。携帯の時計を確認するに、メリーと合流してから20分はたっていたけれど、肉まんのおかげで数分ほどのように感じられた。
・・・そうね、科学的根拠に基づいて言えばこれは四次元上の時間軸が1200セコンド動いたことになるけれど・・・。
「さ、早く乗ろ。くたびれちゃった」
「境界見つけたから行こうって言ったのは蓮子じゃない、もう」
秘封倶楽部的時間で言えば、数分なのね。